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かまぼこ10枚、地酒1本に込めた気持ち

小島さんでは、

お店に買いに来たお客さんに、
まず最初にすること。

お茶と笹かまぼこを、
サッとだす。

そして、ご注文をお伺い。

小島本店での習慣となっています。


昨年の今頃、
そのことについて専務と話をしていました。
「たべでもらってなんぼだがらや」(食べてもらってなんぼの世界)
ということや、いろんな話をして、

はじめて知ったことがありました。

全部のお客さんとまではいきませんが、
日常的に、
というより、専務の思いつきに近いのですが
お客さんに笹蒲鉾送っているそうです。
抜き打ちですが。

小島流感謝の気持ちです。

中には、
「間違いじゃないですか?」
というご連絡をいただく方もいらっしゃいますが、
ほとんどの方は大変喜ばれるとのことでした。
当然ですよね。

大胆、豪快、
そしてちょっと古風な手法ですね。
でも小島さんらしさがあり共感できました。

通販サイトのお客さんも増えてきたという事で、
その方々にもどうでしょうかとご提案したところ、

「んだな、やっぺ」(それはいい、やろう!)
「何人ぐれいんのや?」(何人ぐらいいるの?)

急きょ、約100名様に、
笹かま(プレーンタイプ)10枚をお送りすることに。

そして、

小島の若大将「高橋さん」の粋な提案で
塩竈の地酒「浦霞」もお付けすることに

思い立ったら吉日。
早速翌週発送しました。

私「専務、一回やったら中途半端ではやめられませんよ?」
専務「来年もやればいいんだべ、いづもやってから、大丈夫だ」

今年もその時期が近付いて来ましたよ。
小島リピーターの皆様、お楽しみに。



今日、記事を書いてて、
自分で「あれ?」
と思ったこと。

専務ってどんな人か書いていない。

ということで、
後日、スペシャルな記事として、
気合入れて、
書かせていただきますが、

今日は軽くご紹介。

御年、七十?歳(後半です)
お名前→小島 邦男さんといいます。

お兄さんの勇馬さん(いさみさんと読みます)
が社長です。

お兄さんによれば、
専務の若いころは、

「まんず、てえつけらんねがった」
「おどげでねがった」

と言ってます。
※ここは、あえて翻訳しません


若かりし頃
小島専務

左の粋なニイさんが、専務。
中央は先代社長の奥様で専務たちのお母さん、女将さんです。
右が社長です。まじめそうですね。

生きが良さそう!
ねじり鉢巻きってカッコいいんですね。

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お座敷からフローリングに変身

前回の記事のとき、
書き忘れてしまったことがあったので。
今日はそれを書きます。

書き忘れるほどの出来事だが、
自分にとってかなりデカイことでした。


小島さんの、
お気に入りだった会議室(自分のお気に入りです)
畳のお座敷だった会議室が
ある日、
何もなかったかのように、
すっきりとリフォームされ、
フローリングのお部屋に変身していたのです。

テーブルに座布団、
お邪魔して正坐すると、いつもの専務のお言葉、
「なんだや、足くずさいん」(足を崩して)
と言いながら、
サッと座布団を一つさしだされる。毎回決まってのご挨拶です。
年代物の茶箪笥、本棚・・・・。

それが、
新品の会議用テーブルに
新品のオフィスチェア、
今までと同じスケジュールを記入するホワイトボードも
なんか違うものに、小洒落て見えるほどです。

文句なしにいい感じです。
でも、ちょっと寂しかった・・・。(専務ごめんなさい)

あまりにもショックだったので、
写真を撮るという頭もありませんでした。
(今度撮ってきます

震災で、30センチ以上のヘドロが入り込み、
頑張ってきれいにして使っていたが、
やっぱり床下の木材や、壁が腐っていたそうです。
海水が混ざったヘドロは劣悪です。
しょうがない。

はじめて、
小島さんに出会った日を思い出します。

出会いのきっかけは、
営業です。
約9年前のことです。
飛び込み訪問でした。

前から気になっていたお店、蒲鉾屋さん、
もちろん、「塩竈に小島あり」ということで、
小島蒲鉾店のことは知っていました。

なにか、温かさ、活気のようなものに魅かれたのでしょう。
そしてお店の佇まいが良かった。

お店に入って、
ご挨拶させていただくと、
奥の座敷から、
「おー、こっつぁ上がってがいん」と威勢の良い声。

はじめてお会いするのに、しかも新規営業訪問なのに、
沢山お話を聞いてもらい、
いろんな話聞かせてもらって。

専務の一言、
「わがった、あんだんどこさ頼むがら」(よし、あなたのところに頼みます)
小島蒲鉾店のオフィシャルなホームページを仰せ遣いました。

人とのめぐり合いや、感謝の心。
そういうのを大切にする人たちだという事を感じ、
新鮮な感銘を受けました。

それは、
企業としてのサービスである前に、
一人の人間としての信頼がある。
いろいろ話をして伝わってきた強いメッセージでした。

これは、
逆を返せば、大きなプレッシャー、
当時、「ちゃんとやらなくては」という
気合が入った気持ちになったものです。


小島さんには、
その時以来お世話になっています。

私にとって、そんな思い出もあり、
雰囲気も大好きだった「お座敷会議室」でした。

でも、生まれ変わった「会議室」も、
どこか、以前の風情が残ってます。
雰囲気がそのまま・・・。
これからはここがお馴染みの場所になっていくのでしょう。

「オーう、おじゃだど~ぅ」(オーイ、お茶にするぞ)
専務による掛け声、
毎日恒例の3時休憩。

全従業員が会議室に集合し、
持ち寄った「漬物」や「お菓子」、
専務が漬けた「梅干し」なんかをお裾分けして、
みんなで休憩。

新しくなったフローリングの部屋で、
変わらぬ掛け声が響いてました。

安心しました

もうしばらく続いてもよかった事

昨夜、
久しぶりに強めの地震がありました。

石巻で震度5弱
仙台、震度3~4

最近、地震が無かったわけでもなく、
油断していたわけでもないのですが、
昨日は久しぶりに緊張。

少し無防備感をかえりみた気がしました。

今当たりまえにできてること、
電源、水、食べ物、そして仕事・・・・。
もっとありますね。

昨日の地震は、
備えと節約という面で、
忘れていた事を思い出すきっかけになりました。



本題です、

以前小島さんにお邪魔したとき、
震災時の不便な生活について、
専務がこんなことを言っていました。


「もうしばらぐ、つづいだほういがったなや」
あの不便な状況がもう少し続いたほうが良かった、
そう言っているのです。

青二才の私には、
少し難易度が高い思考だと思い、強く脳裏に焼き付きました。

2メートルの津波をかぶり、
工場とお店を復活させるまでに、
かなりの困難を乗り越えてきましたが、
「いいけいけんしたなや」(いい経験したよ)
という専務です。

水も出る、欲しいときにはお湯も出る、
電気はもちろん、ガスも使い放題、

お店もやってる、
なんでも買える、

今はあたりまえのことですが、
震災当時はしばらくの間、
全部ダメでした。

配られた水を、
それは大事に使ったし、
電気がないから暗くなったら寝るだけ、
そして早朝、明るくなってきて目を覚ます。

お店なんかやっていないから、
お金は使いません。

ガソリンがないから歩きました。

携帯も使えない。

そのかわり、みんな協力しあいましたね。
物も大事にしました。

専務曰く、
「あんだだじは、はじめてだべ、あいなせいかず」(あなたたちは初めてでしょう、あの生活)
「むがしは、あだりめだったんだど」(昔は、あれがあたりまえだったんだよ)
「いまはべんりすぎんのっしゃ」(今は便利すぎるんだよね)

便利は便利で良いことだし、
使い惜しみする必要もないけれど、
物に感謝したり、人に感謝したり、
壊れたものは直したりする。

そういうオコナイを復活させるのに、
必要な経験だということなのでしょう。

「もうしばらく続いたほうが良かった」

昨日の地震で、ちょっと思い出しました。


さて、最後に、

この前小島さんに行ったときに撮っておいた写真です。
海3


現在の北浜近辺です。
震災前はもっと奥まで陸地でした。
そしてコンクリートの岸壁でした。

イオン側
海2


塩竈の町、
お役所の方々、地域の方、ボランティアさんの頑張りで、
だいぶ復旧が進んでいるように思います。

それでもまだまだ追いつかないんですね。


ココロ落ち着く大好きな場所

ココロ落ち着く場所、
懐かしさを感じる場所、

小島さんがある塩竈は食べ物だけではなく、
私にとって大好きな場所が多いのです。

塩竈神社と博物館、

マリンゲート、

本町近辺には、
お茶屋さん、駄菓子屋さんなど、
老舗のお店が沢山あります。

鮮魚店さんは、
店先で魚を焼いてます。イイにおいがします。

そういえば、昔はどこの魚屋さんでも焼いてましたね。
今でもそれを見ることができます。

個人的に思うのは、
塩竈は、車で行くのではなく、
電車で行って歩いたほうが良い町だということ。

懐かしさを感じれたりして、
大好きなんです。



その好きな場所の一つ

「丹六園」さん

老舗の和菓子屋さんです。
老舗どころではなく、
今の店主様は11代目というかなり歴史的なお店です。

「志ほがま」という和菓子、
とても有名ですね。
塩味と海藻の風味、そして「塩竈桜」をあしらった形状。
オールドファンが沢山いる銘菓です。

そして、お馴染みのこの佇まい。


少し前に撮った写真なのですが・・・。
丹六園

いいですよね

津波被害もあった地域、
困難と戦い見事復活。
今も同じ佇まいを維持されています。

丹六園さんの良いところ、

これだけの佇まいだと、基本入りにくいものですよね。
ところが、
とてもヤンワリした雰囲気だから入りやすいのです。

茶碗や湯飲みなどの茶器類や、
小物、装飾品などもあります。
しかも、どれもビンテージな雰囲気いっぱい。

店主様か女将さんが快く迎えてくれますよ


大好きな場所、「丹六園」さんでした。


塩竈でお寿司食べて

散策して、

そしてお土産は「小島の笹蒲鉾



一度やってみましょう。



いつも食べたい、でもめったに食べられない

毎日でも食べたい、
でも、そんなに簡単に食べられないもの。

もちろん塩竈の名産

今回は、
小島さんの笹蒲鉾ではありませんよ
毎日食べたいというのは同じですが。


それは塩竈のお寿司です。

ご存知のかたもいらっしゃると思いますが、
塩竈には、とにかく沢山のお寿司屋さんがあります。
それも、
全国的に名が通っているお寿司屋さんが多い。

お昼時などは、行列、順番待ちが当たり前になっているようです。
とくに休日がすごいらしい。

すし哲さん、
しらはたさん、
大黒さん、
亀喜さん、
大入さん、

もっともっと沢山・・・・。

塩竈人じゃなくてもご存じのかた、
結構いると思います。

そして、どのお寿司屋さんに入っても
美味しい。
決して「誇大表現」ではなく、
一度食べたら忘れられません。
私は、それくらい美味しいと思います。

お値段はお店ごとに違いますが、
上にぎりで、
だいたい3,000円~4,000円くらいかと思います。

私は、大入寿司さんでいただいた事がありますが、
それはもう、毎日食べたくなりました。
二貫、2,000円の大トロにぎり。
食べました

美味しいという事も包括し、それはまさに感動ものですね。
※これはもう一生食べられない予感がしてます

やみつき、毎日食べたい。
でも、そう簡単には食べられないですね。
だからいいのかな・・・、とも思いますが。

塩竈のお寿司、まだ食してない方へ・・・。
ハズレのお店はありません
是非一度ご堪能を。

プレーンタイプ

笹蒲鉾に「プレーンタイプ」という種類。

そういう種類というか呼び方、
小島さんにお世話になりはじめてから知りました。

牛タンやチーズ入りなどではない、
スタンダードな笹かまのことだが、

小島蒲鉾店の「原点商品」です。

この呼び方は、
私なりに、業界用語のようなものだと解釈してます。
一般的に店頭や、ネット通販などでプレーンタイプという
表現は見たことがないから。


小島さんでは、
このプレーンタイプの笹蒲鉾には、
創業の味、塩竈の味として一番のコダワリを持って作っているようです。

創業の頃と比べ、
形やサイズ、そして焦げ目の付き方などが変わってきているが、
勝負どころは「味と歯ごたえ」
だそうです。

1、味は、強めの「塩味」に、
2、歯ごたえは「柔らかすぎず」

私が、長年聞き取り?!した結果、
この2点が小島の原点たる「コダワリ」
だということになりました

リピーター獲得の原動力は、プレーンタイプ。
以前、専務もそう言っていました。

今日は、その創業の頃の貴重な写真、
焼き立てプレーンタイプを冷やしてる写真をご紹介。


おいしそう・・・・。
プレーンタイプ

良く見るとわかりますが、
サイズ、小さいですね、
そして、焦げ目が鮮明。

モノクロ効果もあり、そそられます。美味しそうですね

今の小島さんのプレーンタイプ
この創業の頃と変わらぬ「味」なのです。


午後のひと時

先週、
小島さんの通販サイトの打ち合わせ&ご報告、
そして、このブログのお話をするために小島さんに訪問しました。


お伺いしたのは午後、少し眠気が襲う時間帯ですね。

要件をすませ、
お店と工場に少しお邪魔

相変わらずの活気です。


皆さんお馴染みの従業員さんたちです。
いつも思うのだが、皆さん本当に明るい。
いい笑顔です。

商品の梱包、

そしてラッピング作業、

流れ良くすすんでいきます。
店舗4

店舗3


そしてこの笑顔です。
店舗1


カメラ目線は少し緊張気味ですね。
店舗2


表には原料屋さん到着!

秘伝の「塩」を何袋も2階倉庫に運搬中です。

原料屋さん「おもでえごだや~てずだってけろ」(重いなあ、手伝ってくれ)
工場長「なんだや、そればり。いい運動だべや」(何それくらい、いい運動だよ)

なんていう会話が聞こえてきます。

活気があるが、なにか落ち着いた、ほのぼのした時間が流れてます。

さぁてと、
恒例の「専務」にご挨拶をと。
2階の休憩室(畳部屋)に。

今日もいろいろお話を聞こうと扉越しに中をのぞくと、

なんと、

すやすや、気持ち良さそ~にお昼寝中Zzz
でした。

ご対面は次回にお預け・・・・。
また今度です


夕方前、会社に戻ることにしました。

いつも通っている道なのだが、
その日はいろいろ気が付いた、正確には目についた。

震災前には確かに「そこにあった」

鮮魚店、

かりんとう屋さん(すごく美味しくファンだった)

雑貨屋さん、

みんな無くなっています。
建物ごと。
更地になってます・・・。

立て直しで復活、そうであってほしい。

そう思いながら、
今まで気が付かなかった事に少し後ろめたさを感じました。

小島さんのように、並々ならずのご苦労の末、
復活を果たすところ、
そうできなかったところ、

現実の明暗というか厳しさを改めて感じました。


なにも出来ないですが、
しっかり見守っていこうと思います。

禊(みそぎ)

今日は、禊(みそぎ)についてです。

塩竈では、
春、夏、冬と塩竈神社ゆかりの大きな祭事が行われます。

そのたびごとに、
小島さんの専務や常務には「一回やってみろ」、「あんだもやったほういい」
と薦められ続けている「禊」

もちろん、私は未経験、
情けない、ただそれだけのことだが、
踏み切る勇気がなく、実際には未体験。

ということで、今回も「聞いた話」で書いてます。

ご存知の方、祭事の折に必ずやられている方には
釈迦に説法なお話ですが・・・・。

禊は、各祭事の1週間前から身を清めるような
行事を毎日行うものです。

厳かな執り行いを毎日やる。1週間。
詳細にどういうことをやるかは、ここでは書きません。
というか、聞いた話で曖昧なことを書くのがいやなので
書けません

3月といえば、真冬。
この時期の禊は、凄く気合が入ってます。
裸同然での執り行い、終盤には冷水かぶり。
さらに禊期間の1週間は「禁酒」です。
確実な決心と覚悟がなければ絶対にできない。私はそう思いました。

自分を変えたい、変わらなくては・・・。
日々思う人はそう少なくないはず。

人生観が変わる、と専務は言います。

近い将来(どこかで聞いたフレーズ)じゃないが、
本当は私は、凄く興味があり、
そのうちやってみようと思ってます。
「そのうち」は永遠に来ないという噂もありますが。

やるとしたら、
次の3月の「帆手まつり」です。4~5か月後。

今度は体験記をアップしたいと思います。

なまずが蒲鉾の原料?!

淡水魚の「なまず」が蒲鉾の原料?

のはずがありません。今は・・・。

今日は、蒲鉾のこと、私のにわか話です。

その前に、前置きを。
私がここに書くお話はほとんどが、小島さんの専務から聞いた話。
そう、ウケウリという言い方もありますが。

でも、読んでくれた人に少しでもタメになってもらいたい!
という精神で書いてますので、改めてヨロシクお願いします

蒲鉾の起源をさかのぼると、
最初は、原料は海水魚ではなく、淡水の魚である「なまず」だったそうです。
木の枝に、鯰の魚肉をすりつぶしたものを絡めて火で焼いたもの。
そう、今でいう竹輪の様なものだったそうです。

そこから発展して、
木の棒を外した竹輪タイプ、
板の上に盛り付ける板かま、
と、
どんどん進化していったようです。

そして、
製法も様々進化して、焼いたり、蒸したり、揚げたりするようになったそうです。

宮城限定の蒲鉾「笹蒲鉾」は焼き、
中国地方で良く食べられるらしい竹輪も焼きですね。

蒸した蒲鉾は、はんぺんやつみれだと思います(間違ってたらごめんなさい)
揚げは、さつま揚げが代表ですね。

だいぶおおざっぱな内容でですが、
私の乏しい知識で書いてますのでご了承願います

そして、笹蒲鉾の原料なども移り変わって来たようです。

小島さんでは、
創業の頃、原料は「きちじ」オンリーだったそうです。
贅沢というか。

毎日、早朝に市場から大量にきちじを仕入れ、
みんなで手作業で「すり身」にしたそうです。

今では、漁獲量の事情などから、
何種類かの魚を使っているようです。
そして、昔は大切な日課だったすり身作業も、
今では必要なくなっています。

そういった作り方や原料の変化を聞くと、
どうしても、昔の笹蒲鉾は今より美味しかったのだろう、
と思ってしまいます。

そして、古き良き時代の味は・・・?
と想像してしまいます。

でも、専務曰く、
今の笹蒲鉾のほうが、ずっと美味しいそうです。
当たり前と思いつつ、少し安心しました。

昔の味の継承、
一番大切にしている事だそうです。

小島さんの笹蒲鉾は、キリッときいた「塩味」が大きな特徴。
柔らかすぎず、もちろん硬すぎず。
昔の、創業の頃の、「塩竈の味」です。


海に人にありがとう

「海に人にありがとう」とは、
小島蒲鉾店のキャッチフレーズ。

広告やホームページなどのうたい文句で、
社名のあとに必ずついてくる言葉。

普通にどんな商品にも、メーカーにも良くあるものなので、
あまり意識しないでホームページを作ったりしていまた。

でも、
あるとき、あることに気が付いて以来、
このキャッチフレーズに感銘を受け、
小さいことだが、私の行動の一つが改善されたことがあるのです。

その行動とは、「お辞儀」の仕方。

専務の口癖は、

お客さんに感謝、従業員に感謝、業者に感謝、みんなに感謝、
そして塩竈様に感謝(神社のこと)、海に感謝。

とにかくみんなに感謝なのです。

買い物に来たお客さんは当然のこと、
私たちのような、いわゆる業者にまで、
店先に出てきてキチッとお辞儀をする。

そして、
車が道先を曲がり、見えなくなるまでずっと見送る。

これを嬉しく、快く感じない人はいないはず。

これは本当、実際に従業員の方々みんなにも徹底されている。
小島さんに行ったことのある人はわかるはずです。

感謝、感謝・・・、そのことが本当なんだなと納得できたのが
この時でした。

この時以来、
多分誰も気が付いていないと思うが
私の挨拶の仕方が変わったのです

両手をピンとのばし

そしてその手はお尻にくっつけて

深々と頭を下げる

すぐに頭を上げない(ここが我慢どころ)

頭の下げ方は45°じゃだめですよ
90°くらい

心のこもった挨拶。
気持ちいいから、ずっと続けてます。

「やみつきかまぼこ」との出会い

笹かまぼこを嫌いだという人はあまり見たことがない。
少なくとも私の身近な人では。

その逆で、この笹かまぼこを食べて「美味い」と言わなかった
人がいない・・・。

今日はそんな、
小島さんの、私のお気に入り商品を紹介します。

まずは、この商品の由来から、

小島さんの新商品開発は、すべて専務仕立て。

たとえば、

笹かまぼこにマヨネーズの組み合わせ
良く食べられる食し方だし、美味しい。

あったら買いたいと思いませんか?
チーズや牛タンのノリで考えると、
「マヨ笹かま」が無いのが不思議なくらいです。

これも、
「やってみっぺ」のノリで挑戦。

結果は、焼の時に、すり身の中に入れ込んだマヨが威勢よく破裂!
失敗でした。

多分世の中にマヨネーズ入り蒲鉾は存在しないはず・・・・。
蒲鉾は「焼」「蒸」「揚」の3種類に大別されるが、
物理的に製造不可が実証。

小島蒲鉾店では、
そのような、
専務のアイディア&思いつき
による商品開発が日夜繰り広げられているのです。

今回ご紹介する

「笹JinJin」
も、このような挑戦から生まれたヒット商品なのです。

ニンニクと唐辛子が大好物の専務は、
これらを笹かまに混ぜ込んだら「絶対」美味しいと思いつきました。

作る工程を想像し、
さらに、蒲鉾にニンニクとはベタすぎる組み合わせということで、
常務はじめ、従業員たちは大ブーイング。

専務はひるまず敢行!

ニンニクと唐辛子のバランスを、
細かに調整しながら、
出来上がった「笹かまぼこ」

真空包装をペラっとめくり開いた瞬間、
強烈なガーリックスメル、

みんなから、
美味しいけどニンニクの香りが・・・。
と不評だったが、

店頭での試食販売で大好評の結果

今では、小島さんの
知る人ぞ知る「一番人気」商品となっているのです。

これです
ささjinjin

大きさも一口サイズで食べやすく、
何より、お酒との相性が抜群です。

ビールでも日本酒でもグイグイ進みます

今後、
地元塩竈の地酒とのセット商品化を検討中とのことです。

こちら
「塩竈の笹蒲屋」でお求めいただけます。



チリ地震津波

今日は最近じゃなく、少し前の話を記します。

平成11年の3月10日、

そうです、東日本大震災の前日。
この日も、通販サイトのお打合せで小島さんにお邪魔してました。

前日の9日、大きめの地震があり、
その話題から、約半世紀前に起きたチリ地震津波の話を
お聞きしてました。

その時のお話です。

と、その前に、

自分が思ったこととして、
そのまま書いてブログアップして・・・。
決して軽く考えてはいないけれど・・・、
被災された多くの方々を前にしての不謹慎をお許しください。


私は、チリ地震津波で塩竈も大きな被害を受けたとは知りませんでした。

当時小島さんは北浜という地区にあったそうで、
この北浜地区は、今回の津波震災でも、
被害が特に大きかったところだと聞きます。

当時もやはり、お住まいと工場は全壊したそうです。

専務から、
そこからの奮起、そして想像を絶するほど険しい道のりを
お聞きしました。
現在の小島さんの姿からは想像もできず、ただ感心しました。

それでもなおかつ、
津波の猛威、そして「どういうもの」なのかを想像できず。
の状態でした。

そしてその夜、
私は、ホームページのコンテンツ記事に、と
そのお話をアップする準備をしていたのです。

翌日、3月11日

あの東日本大震災、小島さんは再び被害に遭われました。
しかも、
半世紀前より甚大でした。

「塩竈もマリンゲートから、北浜、藤倉あたりまで甚大らしい」
という話を翌日耳にして、
まずは、行ってみようと思い立ち出発。

45号線(中野栄あたり)に出たところで、
事の重大さを初めて知ることになりました。
勿論、
押しつぶされた車や、漂流物が道を覆い、
道路なんかありませんでした。

小島さんに行けたのはその1週間後。

2メートル近くも津波をかぶり、
お店、機械などすべて海水、というかヘドロに浸かってしまいました。

上司から「スーツなんか着ていくなよ」
「ジャージに長靴、軍手で行け」
と気配り十分のアドバイスを受けたのも忘れられません。

何か力になりたい、
思い考えるだけで、結局なにもしてあげられず。

そして現在、小島さんは2度の難局を乗り越え、
再起されました。

販売サイト:
塩竈の笹蒲屋は、そんな私たちが「何かしてあげたい」
という想いから、ささやかながらお作り差し上げたホームページです。

塩竈人のこころいき

塩竈の藤倉にある「小島蒲鉾店」さん、
お客様として長らくお世話になっています

お仕事でもたくさんお世話になっているのに、
塩竈のこと、神社の祭事のこと、そしておもてなしの心など
いろいろなことを学ばせていただいて来ました

そのことを私は「塩竈人のこころいき」と言っています。

塩竈といえば、特産である「笹蒲鉾」や「南三陸ひがしもの」という
ブランドになるほどの塩竈前の鮮魚も有名
地酒も有名ですね。

このブログでは、そのような塩竈の美味しいものや

小島さんの「かまぼこ」の話、

そして、「塩竈人の心意気」だなぁと感じたことなどを
書き記していきます。

そういえば、
先日、専務様からこんな話を聞きました。

プロフィールにも使っているこの写真

かざり


そう、笹かまぼこの巨大オブジェ
これ手作りなんです。

私:「何方が作ったのですか、特注ですか?すごいですね」
専務:「ナアに、もらったのや」
私:「誰にですか?」
専務:「大事なおぎゃくさんや」

それ以上、誰かなどは聞きませんでした。
多分、地元の古くからのお得意様なのだろう・・・。
ということで解釈しました。

大切に、大切にしてお店の前に飾っていました。

ところがです、

その一週間後、お伺いしたときにオブジェがなくなっていました。
私:「オブジェどうしたんですか?」
専務:「なんだがなぁ・・・、なぐなったのや」

そう、多分盗まれたんです。
ちょっと釘でひっかけただけだし、
「がんばろう塩釜」と気合を感じる立派なオブジェなので、
無防備でさらしていたら盗まれるのもわかるな・・・。
しかし、心ない奴。

でも、専務は盗まれたとは言わなかった。


奥が深い?!ですが、
これも「心意気」を感じました。


プロフィール

社とさかな大好き

Author:社とさかな大好き
社と魚の町塩竈の話、笹蒲鉾やお寿司の話を中心に日常の発見などを記していきます。

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