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夕暮れ

御神田米。

また、新しいことを専務に教えてもらった。

塩竈神社の御神田米、

神社の中で作付された米です。
塩竈神社に田んぼがあったとは知りませんでした。

毎年の恒例神事のひとつだそうです。
収穫したコメを俵にして、
社と魚のまちを練り歩くそうです。
御神輿のように。

その稲穂は、
もちろん縁起物。

分けてもらい神棚などに供えます。

そういえば、

小島さんにもあった。
神棚に、
頭を垂れた稲穂が。





さて、

今日は、
いつものホームページの打ち合わせをするために、
夕方に小島さんにお邪魔してきました。

早いもので、
明日から12月。師走なのです。

この時期の小島さんは、
本当に忙しい。
明日からはもっと忙しくなるそう。

みなさん、
かなりセワシナかった。

そこに行った私は、
一気に年末ムードを感じました。

忙しく、せわしないのだが、
変な感じのものではない。
温かさというか、
とにかく良い雰囲気。

それは、
専務はじめ、皆さんが、
みんな笑顔だからだと思う。

化粧箱が山積み状態。
活気ありますね。


そんな繁忙のときでも、

「おぉ~、おじゃっこのんでげ」(お茶でも飲んでいきな)

と、
専務にお声掛けいただき、
早速、いつものお部屋に入る。

専務は、
例の「御神田米」と格闘中。

神棚に、
体裁良く供えつけようとしていました。

いつものように専務のお話を、
沢山聞きたいのはやまやまだが、

今日は、
さすがにお邪魔になってはいけないので、
ブログ用の写真を何枚か撮らせてもらって、
早々に退却することにした。


というわけで、

今日は初めて、初めて、
専務の写真を載せます。
いや、載せることに成功しました。


そのまえに、

これが塩竈神社の御神田米
御神田米


そして、
御神田米と格闘する専務です
専務

ついに登場です。

この人が、専務です。

ブログの写真を撮ることをお願いしたら、
「俺はとんなよ~、だめだど、やねでけろ」(俺は撮らないで、やめてちょうだい)
と照れくさそうにいわれました。

が、
稲穂を撮るフリして撮影成功です。
載せちゃいました。

今後は、もっと専務の写真を載せていくつもりです。
今日はこの1枚だけに。


そして、
これが、このブログで、
この前ご紹介した、
お供えしている「おちょこ」

今日は、写真に近い棚の上にありました。
おそなえ


リフォームされた会議室兼、お茶っこ飲み部屋がこれ
部屋1
部屋2

工場が見えますね、
専務は、いつもそこに向けて、
いろいろなことを叫んでます(笑)
いや、ちゃんとした作業指示でした・・・・。

このお部屋は、
つい最近まで、
畳の部屋でした。
「まえのほういがったなや」(前のほうがよかったよ)
と、
今日、専務がしみじみ言ってました。
やっぱり、専務は畳の部屋のほうが好きだったのです。


この場所が、
とても落ち着いて、好きなんですね私は。


夕暮れの店先も、
雰囲気が良いでしょう?
お店1
「海に人にありがとう」の暖簾が目印、小島本店です。


少し引いて見ると、
こうです。
お店2


繁忙期に入った小島さんでした。

そういえば、
今日、
専務に、
朝礼に出てなんか話せと言われました。

えぇ~!
と思ったが、なんだか嬉しかった、
光栄!
これは実行しようと思う。

そのとき、
何を話すか、ちゃんと考えておこう。










塩竈の事、笹かまぼこのこと、多くの人に知ってほしいので、
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意外だった動機

このブログをはじめてひと月半になる。

書きたいことは沢山あるのだが、
まだブログ慣れていないことで、

文章にする、

記事にするのが、

難しい~~!

そういう壁にぶつかりながら、
今日も書いています。

頑張って書きます。
続けていきます。

誰も見てくれなくても(;;)




今日、
ネタ探しをしていて、
考えてみたことがあります。

小島さんから最初にいただいたお仕事。

なんだっけ?
こういう事は、意外と頭から外れているのです。

そうだった、
ホームページだった。
小島蒲鉾店のオフィシャルなホームページです。

大変、大変失礼な表現ですが・・・・、
あの専務からは、
ウェブサイトを立ち上げる事などは縁遠い感じがする。

私が初めて訪問した時は、
まだ、小島さんにホームページはありませんでした。


そうです、
思い出しました。

小島さんでホームページを作る事になった動機は、
私との出会いではなく(最初はそう思っていました)

ある人の一言だったのです。
ちなみにこれを知ったのはだいぶ後の事です。


それは、

林家木久扇先生
この方だったのです。

あるとき、
多分、塩竈か多賀城で寄席をやった時だと思います(専務談)
縁あって、
小島の笹かまぼこを気に入っていただいたそうです。

そのときに、
専務が言われた一言が、
「こじまさん、ホームページあったほうイイよ」

インターネットは便利で、
これからは、そこからも注文が来る時代だよ。

という趣旨のことを言われたらしい。

コジマ→おじま なんですが・・・・。
でも、初めての人はコジマって読みますよね。


その後日、
タイミングよく、
私が出没したという訳です。

それ以来、
木久扇先生とは、
親交があるようです。

そして、

木久扇先生は、画伯としても著名な方。

実際、
小島の包装紙に、
木久扇先生のイラストを使用していた時期もありました。


あの、
恩義深い、人を大切にする小島の人たちです、

私はたびたび、
木久扇先生の逸話や、お人柄を聞かせてもらってきました。

それにしても、

あれだけのお方が、
自分の作品を、包装に使わせる事っていうのは、
すごいことだし、
信頼関係があってこその事。

あるようで、
なかなか無い事だとおもいませんか?



少し、昔のお話でした。




昔の、
しかも小島の笹かまぼこが、
キチジ100パーセントのころの、
笹かまぼこを作っている写真をご紹介します。



まずは、これです。
きちじ
モノクロ写真なので色はわかりませんが
真っ赤かのキチジです。
こうやって手作業でやっていたのですね。


そして、
加工
すり身を笹の型に詰めています。真心感じます。


焼の準備完了です。
焼き準備
指の形が残っていて、いかにも「笹かま」です。

多分、今はこのような作業風景は見ることが出来ない。
少し、残念ですね。



焼いているところです。
焼き
機械などは新しくなりましたが、
ここは今もスタイル的に変わっていないようです。


この写真は、
小島蒲鉾店ホームページ
「小島蒲鉾店の今昔」というコーナーでも
使われております。
そちらも是非見てもらえればうれしいです。


また、
古い写真を入手したら載せていきます。








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「おちょこ」に水

11月も終わりが近い今日、

とうとう仙台にも初雪が舞いました。

本当に寒いです。
冬の寒さですね。

寒くなると、
思い出すのが、
「禊」(みそぎ)

前にも書いたが、
塩竈神社の禊です。

身を浄める一週間、
人生観が変わる、

そして、

こんな自分がいやだ!
変わりたい!

そんな「あなた」がやったほうが良い、
(いや、私ですね(笑))
禊です。

毎年、専務たちに強烈に進められています。

「やったほういいどぅ」(やったほうがいいよ)
「やんねえやずはこんじょなすだ」(やらないやつは根性無しだ)

「根性無し」

その言葉に、強く心を突き動かされる私なのです。

今年こそ、

どうする?やるの?本当に?
(自分への問いかけ)

ん~、根性認められたい。


まあ、多分、
こんな感じでは・・・・。
今年も無理なような。




さて、
今日も、
小島さんの風物詩を一つご紹介します。

それは、
「おちょこ」です。

私がはじめて小島さんにお邪魔した時から、
必ず、毎日、
テーブルの真ん中に、
それはあります。

小島の会議室兼、
休憩室兼、
お茶っこ飲み部屋のテーブルです。

以前は、
畳部屋に掘りごたつ&座布団、
今は、
フローリングに会議用テーブル。

お部屋はリフォームされましたが、
そのおちょこは、
ずっとモデルチェンジなしです。

必ず、
テーブルの真ん中にあります。

お付き合いし始めて、
約1年間くらい、
私は、
それが何なのかわかりませんでした。

乾燥させないためかな?

中身は、もしかして清酒?

などと、
勝手に解釈していました。

ある日、専務に聞いて、
中身が「水」であることがわかりました。

それ以上は聞きませんでしたが、
そのときやっと何かがわかり、
うとい、無関心な自分が恥ずかしくなりました。

そのテーブルの真正面に壁、
そして上のほうに、

今は亡き、
専務たちのお母さんのお写真が飾られているのです。
お母さんのための「お水」だったのです。

ずうっと気が付きませんでした。

お仏壇は、
2階の部屋にしっかりあります。

大切な心意気、
人間、忘れてはいけない姿勢、
みたいなものを、
そのときまた学んだ感じでした。

そして、
一日に3~4回、
水の交換をします。

親を敬う、
目上の人を敬う、
故人ならなおさら、
ずっと一緒にいて、見ているはず。


ところで、
私だけではなく、
大概の人は、
小島さんの人たちと接すると、
気分良いはず。
それは、
誰にでも、礼儀よく、
その人を立てた会話、姿勢を貫くからだと思う。

自分もこうありたい。
そう見られたい。
当然こう思う。


この「おちょこ」、

小さい事なので、
見逃してしまいがち、
何気ない風景の一部になりがちですが、
心意気は細部にわたるものなのだと思いました。

人に、立派な人と見られたり、
礼儀正しいと思われたい。

根性ある奴とも思われたい。
これはだれでも思う事。


やっぱり、
にじみ出るもの、
生活そのもに表れてしまうものなんですね。


禊、

こいつ根性あるな、
こう言われたい。


見られたい、言われたい、
所詮、そんな評価が欲しいうちは、
禊を出来ないのでしょう。私は(笑)

カッコだけではだめなんですね。








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兄弟船

昨年のお話です。


私の会社宛に一通の案内状がとどいた。

株式会社小島蒲鉾店からの案内状でした。

何のご案内かというと、

震災から数か月、
ご苦労の末に、
工場、店舗の再開にいたった事。
その謝恩会でした。

場所:メトロポリタン仙台

日頃のお付き合いから、
暗黙のうちに、私宛なことを感じます。

そのうえで、
社長宛のものを予測しましたが、

空けてみると、
ばっちり書いてありました。
私のフルネームが。

うちの社長も、
私の、
小島さんからのお世話になりっぷりは、
重々わかってくれて、
「言ってこい」
ということになりました。


良く考えると、
今まで、
長いお付き合いをさせてもらってきたが、
一度も、
お酒の席はありませんでした。

名指しでのお誘いを喜びながら、
営業面で少し反省もした私でした。



自分でも、
「なんでこんなこと思いつくの」かわからないが、

私には、
小島さんとのお酒の席が来たら、
決めていたひとつの事がありました。

それは、

専務のまえで、

「兄弟船」を
熱唱すること。

そして、それは、
誰よりも先に歌う事。
「こけら落とし」でないと、意味がないと決めていました。

絶対、絶対、喜んでくれるはず。
と踏んでいたからです。


そして、当日。
会場に入って驚き。

予想したより人数が少ない。
というか、
ほとんどが、小島の従業員さんたち。

私ら、業者は、
4名ほどだったと思います。

小島さんにかかわる業者さんは、
もっといるはず。
30~40社はいるはずです。

常務にお聞きすると、
「今回の震災のとき、本当に助けてもらった人だけ」
ということでした。

なんて、嬉しいことであり、
本当にありがたいことです。

でも、かなりのプレッシャーです。

招待されること自体、
光栄なことであり、
もちろん緊張もしていました。

一気にその緊張が倍増です(汗)

ヤバい、

必ずヤル、
と心に決めて来た、

兄弟船→熱唱

今日はダメだっ・・・。

今日の「宝刀」として、
シタタメテきたそれを、
「鞘」にしまいたくなる気分。


そして、

宴は進み、
営業常務の司会により、
ついにカラオケタイムに突入しました。

誰かが歌いだせば、
もう止まらないはずなのに、

「どなたかいませんか?」の声に、
予想通りの沈黙。

ついに、
私は、飛び降りました。
清水の舞台から。

やりました。

凄い達成感。
気持ちよかったです。
満足です。

でも、
肝心の、
専務が喜んでくれたかどうかの感触は、
あまり強く感じることができませんでした。

それもそのはずです、
この日の専務はバリバリ緊張されていました。
私に、
「ありがどな」というのが精いっぱいの様子なのでした。

カラオケタイムが終了して、

その専務が、
緊張する理由がわかりました。

震災被害からの復活は、
並大抵の努力では果たせません。
今では、
何もなかったかのような、
明るい雰囲気ですが、

専務たちは、
「断腸の思い」もたくさんされてきたのでした。

今回の震災の影響で、

退職された方々、
その方々への心からの感謝、
そしてお詫び。

これがこの謝恩会の、
一番の目的だったのです。

壇上に上がる退職された人たちに、
一人ひとり、
専務が、感謝の言葉と贈り物を渡しました。

これには、
私も、
ちょっとグッと、こみ上げるものを感じ、
厳かな雰囲気に浸りました。



小島さんとのはじめての、
お酒の席、

やはり、小島さん特有の、

陽気さ、

そして、

心意気を感じ得て、
得した気分で帰りの途につきました。

調子に乗って、
兄弟船歌った事を少し反省しながら。







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嬉しい贈り物

前にも、
何度かこのブログに登場している、
高橋さん。
小島の若大将→高橋さん
です。

このブログの主役は専務なので、
言ってみればチョイ役登場でしたが、(高橋さんごめんなさい)


今日は、少しだけ、
高橋さんにまつわるお話を書こうと思います。


彼は、
私が初めて小島さんにお邪魔したときには、
まだ、入社されていませんでした。

本当に、
頭の切れる青年。
それでいて、体育会系の雰囲気。
さわやかなお兄さん。

これが、第一印象。

で、

やっぱり、今も、
そのイメージは変わっていません。

専務や常務とのパイプ役として、
関わる業務は多岐にわたる。
中心事物。

そしてアイディアマンでもある。


そういう高橋さんと、
私はいつも、
ホームページ展開などの作戦会議をやる。
今は、
これが、私が小島さんのお邪魔するタイミングとなっています。

専務とのお話は、
たいてい、
高橋さんとの会議の後などになります。

「おう、なんだや帰んのがわ、少し休んでげぇ」
(なんだ、帰るの?少し休んでいきなよ)

いつも、帰り際の、
この一言から、
私は、いろいろなお話を聞き出しているのです。
まあ、だいたい小一時間というところでしょうか。


震災直後のある日、
高橋さんとの作戦会議、
「なんとかネットからの注文を増やしたい」
が、
この日の議題。

集客に向け、
やらなくてはいけない施策は沢山ある。

新商品、
キーワード、
PPC広告・・・、ん~、いやまだ広告費は掛けられないなぁ。

などという打ち合わせを展開。

この日は、
今やっていない事、
しかも簡単な事、
何かやってみよう。
ということになり、

高橋さんがTwitterに挑戦!ということになりました。

とりあえず、
小島の商品を発信しまくろう!
そして震災から立ち上がる過程を発信したい。

新しい課題にせよ、何か起こればよい。
発展的なことが起きるかもしれない。

こうして二人で、
意気投合し、はじめたTwitterでした。



今年の9月、
塩竈では、
GAMAROCK FES2012が開催されました。

地元ミュージシャンはもちろん、
名前は書けませんが、
有名どころのミュージシャンなども駆け付け、
大変な盛り上がりを見せました。

このお祭りの影の貢献人物、
実は小島の若大将、高橋さん。
彼もその一人なのです。

実現に向けて尽力されたかたは、
沢山いるので、
具体的なことを書くのは控えますが、

彼のアイディア、人脈、行動力が活きた。
そして、そのツールとして活躍したのが、
Twitterだったのです。

会場の確保、
有名人の賛同・・・・、
あの頃の高橋さん、お仕事しながら、
フル回転でした。

もちろん、
小島蒲鉾店も協賛です。




やっていない事をやる。

必ず何か起きるんです。

このことから、私もそう強く思うようになりました。


そして、
嬉しい贈り物もありました。

地元ミュージシャンのかたお二人が、
小島の応援ソングを作ってくれました。

短いものですが、
心がこもってます。
お聞きになりたい方はこちらからどうぞ。

mpg3の音源なので、
windowsのかたはすんなり聞けると思います。





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非常食

前回の続きです。


前回のあらすじは、

小島さんの震災のときの話を、
いろいろ聞いた事を書こうとして、
脱線

まったく小島さんとは無関係なお話に
なってしまいました。

そして、

本吉デイリーのおばさんからもらった「りんご」
ここで終わりにしました。


表題の「非常食」とは、
震災時に、
小島さんにいただいたものの事。

非常食というより、
当時は食べ物は本当に貴重でした。
立派な「食糧」ですね。

袋の中には、
トイレットペーパー2つ、
ボンカレー 1つ、
乾パン缶詰 1つ、
サトーのご飯 1つ、
そして、りんご 1個、

自慢の笹かまぼこは入っていません。

それもそのはず、
何とか津波浸水を免れた笹かまは、
全部、最寄りの避難所に、物資として、
提供したそうです。

機械、原料も全部ヘドロまみれになってしまい、
もちろん製造することはできない状態でした。

この非常食袋を、
私が震災発生から1週間後、
はじめて小島さんに行けたときにもらいました。

やっと連絡が取れて、
長靴、ジャージ姿で、
少しでも、何かできる事はないかと、駆け付けたときです。

結局、
なにも出来ず終いでしたが。

専務から
「ほれ、こいず、少しばりもってげ」
と、
2階の踊り場に、
沢山用意してあった袋の一つをもらったのです。

ありがとうございます!
といただいたのはいいが、

あれ、

どう考えても、
逆ですよね。

でも、
当時の私たち仙台市民も、
そういう食品を手に入れるのは、
至難の業。

それを、
お見舞いに、
手伝いに来た人たちにみなさんに、
お配りしていたのです。

ところで、
これらの、もらって嬉しい食糧、
しかも大量に、
どうやって手に入れることができたか、
お聞きしたら、

聞いて納得、
全部、配給された救援物資や、
お知り合いなどから、
小島さんお心配し、いただいたもの。

自分が恥ずかしい、
強く感じた記憶が、
残っています。

それにしても、
小島さんの「心意気」は筋金入りです。
被災され、そうとうのご苦労の中でも、
人への真心や感謝の気持ちを貫き通す。

震災から1年8ヶ月になろうとしています。

忘れちゃいけない、
当時の気持ち、
ありがたかった事、
強く心に残ったこと、
沢山あるような気がしました。

後世、必ず何かの局面で役に立つ
考え方だったりするのでは・・・。
と思いました。







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忘れちゃいけない事

今日、
ある方のフェイスブックの記事を見て思ったこと。

というか見て思い出したこと。

その方は、
七ヶ浜で震災直後から、
ボランティア活動をされていて、
今もやられています。

自分の特技を生かして、
いろんな事をやっているんです。

七ヶ浜が大好きな彼女は、
震災前の写真も沢山もっており、
それを地元の人に渡して、
喜んでもらったというお話。


前にも少し書きましたが、

震災後、
一週間たってからしか私は知らない、
小島蒲鉾店の被災の状況ですが、

津波が来た時の話なども、
専務からお聞きしてました。

あのとき、
聞いたり、感じたことって、
結構大切な心意気だったなと、
思い出していました。


と、
その前に、
そういうことを思い出していたら、
また違う事思い出したので、

脱線しますが、
今日は、
小島さんにも、塩竈にも、
まったく無関係なことを書きます。

なぜか、
私の心にのこったので・・・、

気仙沼本吉デイリー

このおばさん、
親戚でもなんでもないです。

先日、お仕事で気仙沼に行ったときの写真。
本吉にあるコンビニのおばさんです。
以前に何度か立ち寄ったことがあるので、
私の事を覚えているのですね。

もともとは、
もっと大きなデイリーストアーだったそうで、
今回の震災で、
全部なくなってしまったと、
おばさんは言ってました。自宅もだそうです。

「地震きたら、高いどごさ逃げさいんよ」
と、
笑顔で言われました。

何でなんだろう、
小島さんもそうだが、
このおばさんも、
被災されて大変な思いで、
必死に生きていられる人たちは、

共通して、
皆さん明るい、笑顔が素敵です。
自分から話しかけてくる。

このおばさんも、
いい笑顔してますよね。

おばさんとはお友達なので、
掲載許諾は大丈夫mm

いや、
友達だと思っているのは私だけか・・・???


「それじゃ、元気でね」と
その場所を後にしようとしたら、

帰り際に、
「ほれ、これ食べらいん」
林檎

と、
りんごいただいてさよならしました。


おしまい



小島さんとは、
何の接点もありませんが、
凄くインパクト強く心に残ったので。

そして、
とても笑顔が良かったので、
いつか、
ブログに載せたいなと思っていたことでした。



話は、
小島さんへ戻します。

でも、
このまま続けると、
お話の趣旨がわからなくなりそうなので、

続きは後編へといたします。

七五三とかまぼこ

「塩竈かがやき通信」

今日、県庁に行ったら見つけたチラシ

しおがま通信

塩竈市役所がつくったチラシ。

来年4月から始まる、
仙台・宮城ディスティネーションキャンペーン。
それに向けてのチラシですね。

良く見てみると、
先月、今月といろいろなお祭りや、
イベントが開催されている。

とくに、
復興や収穫を願ってのイベントが多いです。

11月25日(日)だけでも、
2つ同時開催です。

浦戸の牡蠣販売、

かに汁無料提供、200杯限定!

塩竈の新鮮な魚介類、好きなものをのせて食べれる、
マイ海鮮丼・・・・・、食べたいmm

などなど、

この時期の、塩竈神社も、
モミジなどの美しい紅葉が見ごろだったりします。

そして、

境内にある茶屋、「えびだんごや」さん、
ここの三色だんごや、
味噌おでん。

思い出してしまいました。
食べたい。


そんなことを考えながら、帰社しました。

そして、

チラシにのっていたお祭りが、
はじめて聞いたものだったので、
調べていたら、

なんと、

今日、11月15日は、
「かまぼこの日」
だったんです。知りませんでした。

かまぼこの日の理由は、

かまぼこが文献上ではじめて出てきた、
これが、
1115年だったということ。
永久3年だそうです。

そして昔は、
七五三には紅白のかまぼこで、
お祝いする風習があったとのことでした。

そう、
今日は七五三でもあったのです。


まあ、
理由はこのようなものが一般的ですが、

でも、あまり知られていないような気がしました。

蒲鉾屋さん各社(ライバル
でも、そんなに目立った販促はやっていないようだし。

どういうこと?
なのか、
ちょっとした疑問を感じた、
「かまぼこの日」でした。

専務に聞く、
宿題がまた生まれました。


塩竈神社で七五三やったら、
千歳飴&小島の笹かまぼこ→進呈

どうでしょう?専務やりましょう!

ポスターもいるし、

笹かまぼこは、太っ腹にご協賛。

また、
浅はかな提案になりそうですが、
言ってみます。


今日は、
今一つ、
まとめきれない感じですが・・・、
お話は、以降に続くということで、
まとめにします。





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厚生労働大臣賞

厚生労働大臣賞、

水産庁長官賞、

小島さんでは、
今までに何度か、これらの賞を受賞している。

栄誉なことはもちろんわかってます。

そして、

宮城、仙台、そして塩竈の看板を背負っている小島の笹かまぼこ。
その確かな品質の「証」となっていることも知っています。

小島蒲鉾店は、
過去に、

厚生労働大臣賞→1回

水産庁長官賞→5回

も受賞しています。


ただ、

この賞が「どういうこのなのか」???
私の中で、なんとなく、
ピンっと来ていない。

味、品質は折り紙つきなので、
それでいいのですが・・・。

以前に、
専務にもお聞きしたことがあるが、
苦労と工夫の末に授かったことは理解できるが、
良くわからなかった。


そこで、
私自身のお勉強のためにも、
この「賞」を調べてみました。
厚生労働省のホームページに詳しく載っておりました。

今回は、
「厚生労働大臣賞」。

もう一つの「水産庁長官賞」
は、次に調べます。


ページに掲載されたものを、
そのまま載せることはできないし、
少し、難しい言葉も使われていたので、

何回も読んで、
趣旨を理解して、
私なりに書いてみます。(だからシンプルです


この賞の重要なポイントは、
「食品衛生」。
だそうです。

食品衛生という切り口で、
消費者に認められ、
世の中のお手本になる、
    ↓
1、そういう経営者であり、

2、そういう従業員が長年勤務しており、
  なんと勤続30年以上!

3、衛生的にも優良な職場、

なことが条件。

私の頭と言葉で書き表すと、
こういうことです。

はい、シンプルですね。


でも、もちろん、
この条件を満たすには、
様々な厳しいハードルがあります。


全部は書けないので、
強烈に感じた項目だけ。

たとえば、
保健所が行う、食品衛生優良施設の検査結果が95点以上であること。
しかも、3年以上維持しなくてはいけない。

これだけでも大変なことであり、
習慣的にそうなっている風土でなければ、
まず無理だそうです。
「やるぞ!」と
エイ!やー!
のノリでは絶対にクリアーしないそうです。

それなりの、
社員教育とお金がかかることがわかりました。

そのほかに、
驚いたのは、

食品衛生の面で、
「発明発見」
で、特に大きな功績を残していること。

発明ですよ

笹かまぼこの新しい商品の開発なら、
いつも専務から聞いているので、想像できますが、

食品衛生面での、
発明・発見。
しかも大きな功績ですよ。

今度、専務に聞いてみますが。

まだまだありましたが、
今日のブログの趣旨は、受賞のPRではないので・・・・。

そろそろまとめにはいります。


食品を売るお店、
ネットショップ、
カタログなどでは、
確かに、リボンつきで○○賞受賞!
というのを、
良く目にするし、

逆に目にしすぎるので、
あまりインパクトがなかったり。

あらためて、お勉強してみると、
当たり前ですが、
簡単に授かれる「賞」などないのです。

国が、推奨するわけですから。

覚悟と、
社内統制、
経営者の理念がしっかりしていないとダメなんですね。


かまぼこ屋さん、

とりわけ小島さんは、
「職人気質」ムンムンです。

いかにも、
下町の老舗であり、
「味はウソをつかねぇ!」
「味で勝負!」

こんな風土で明るい雰囲気、
そして気の良い職人さんがいる小島蒲鉾店ですが、

でも、その品質の「裏付け」にもしっかり取り組んでいるのです。


今回は、私は、
この「受賞」ということにかえりみて、
決して、悪い意味ではなですよ、
なんというか、
イメージと中身のギャップを感じたので書きました。

これを読んでいただいている方が、
一人でもいいので、小島さんに足を運んでもらうことを願います。
そのギャップを実感してほしいので・・・。


みなさま、
あらためて、小島の笹蒲鉾を宜しくお願いします(営)




塩竈の事、笹かまぼこのこと、多くの人に知ってほしいので、
お情けでもいいので、1拍手お願いいたします

自分で焼いて食べる「笹蒲鉾」

私は、打ち合わせなどで、
小島さんにお邪魔したとき、

「こういう笹かまって作れないですかね」
と、専務に提案することがあります。

素人感たっぷりの、思いつきですが。

訂正・・・、
提案ではなく「質問」です。
あまりにも無茶なことばかりなので。

以前、
このブログで書いた、
「マヨ笹かま」もそうです。

私「笹かまぼこにマヨネーズつけて食べると美味しいですよね」
 「いっそのこと中にマヨネーズ入れてしまったらどうですか?」
と、浅はかな質問をするのです。

専務「ほいずはダメだ、一回やったんだ」
焼の時に、
中に挿入したマヨが炸裂し、撃沈だったそうです。

まあ、
たいていの質問は、
素人的であり、誰でも思いつくものなので、
こういった感じでアシラわれてきました。


表題の、
「自分で焼いて食べる笹蒲鉾」

最初に言いますと、
残念ながら、これも却下作品でした。

自分で、
七輪で焼いて食べる笹蒲鉾なんて、
すごくソソラれる感じがするし、
広告やなんかに出したとき、
シズル感抜群なような気がした。

しかも、多分ですが、
こういうのは見たことない。

今度ばかりは、少しは感触ある!
と意気込んだのですが、

「ほれ、ダメ、ぜってえだめだ」(それはダメ、絶対にだめ)
と、間髪入れずにこうきました。

その理由を聞いて、
またもや、
業界の事、何にも知らない素人さんならではの
発想だということを思い知らされました。


かまぼこは、
製品化され、「笹かまぼこ」に変身すれば、
何日か日持ちします。

ただし、原料の「すり身」は違います。
鮮度が命。

しかも、
すり身は、蒲鉾屋さんのオリジナリティの集大成です。
味、食感、風味など。
秘伝の技の拠り所です。

そんな、
すり身を、そのまま表に出すことは、
そもそもタブーなお話だったんですね。

そして、
かまぼこ職人としての誇り。
すり身は蒲鉾ではない。
と、こうなるわけです。

専務がいつも、従業員に言うそうです。

人様の口入れるもの。
その意味を良く考えろ。

確かに、
原料の管理・保存には細心の注意を払っています。
焼の時間が早朝から始まり、
お昼前には終わらせるのも、
それが理由です。

その質問をしたとき、
「一番言ってはいけない事」
を、
軽々しく言ってしまった。
と、後悔しました。

やっぱり、
あの形になって、
はじめて「小島の笹蒲鉾」なんですね。
納得し直し、
そして、
職人魂を、また惚れ直しました。




でも・・・・、

専務に、本当にできないのか、
しつこく聞いたら、

出来ないことではないそうです。
「お薬」を使えば、だそうです。
しかも、
やってるとこ、既にあるそうです。(悔しい)


絶対やめてくれ!
やらないで欲しい、と確信した瞬間でした。



塩竈の事、笹かまぼこのこと、多くの人に知ってほしいので、
お情けでもいいので、1拍手お願いいたします

ばあちゃんの味がしたお赤飯

先週のこと、

通販サイトの商品変更や、
小島さんのCMソングをアップしたりする件で、
小島さんにお邪魔する機会がありました。

そう、
嬉しいニュースも!

CMソングと書きましたが、
本当はCMではなく、アドリブソング。

先日開催されたGAMAROCKフェスティバル2012、
ここに登場した、
ある有名ミュージシャンのかたお二人が、
即行で作り、歌ってくれた、
小島蒲鉾店の、

応援ソングなんです。

嬉しいですよね。

この音源を入手できたので、
サイトに載せたい。
というのが、
小島の若大将高橋さんのご希望です。

来週あたりアップする予定です。
お楽しみに。


本題は、
それらの事で、
お邪魔したときのこと。


小島さんにお伺いすると、
必ずと言っていいほど、あるのが、

「手づくり」の食べ物。

漬物、
梅干し、
お煮つけだったり、

それらは、
いつもご近所さんからのお裾分けです。
私の知る範囲では。

「○○の○○ちゃんがらだぁ」
漬物の上手な人、
お赤飯の上手な人、
察するに、
お得意ジャンルが確立されているようです。

この日は、

見事な色した「お赤飯」でした。

ブログに慣れてないので、
また写真撮りませんでした・・・。

恒例の3時休憩では、
みんなでそれをいただくのです。

その時間帯に当てはまれば、
そこに来ているお客さん、
お客さんではないが、私なんかも、
みんな関係ない感じでの休憩になります。

こういうことで、
いつしか、私も、従業員全員と顔見知りになったりします。

この感じ、
今では、あまりないような気がする。
少なくとも私の生活圏内では、
全くありません。


小島さんのある、
藤倉や北浜といった地域は、
昔からある古い街です。

もちろん、新興の住宅地ではなく、
いろいろなお店が集まった地域。
でも、商店街とも違った風情があります。


子供からお年寄りまで、
どこの家の人かをお互いに把握していて、
保育園から中学校まで、親子同じだっりする。

仙台人の私としては、
こういう雰囲気や文化がうらやましいし、
ずっと続いてほしいと思うのです。

そもそも、
そういう想いがあって、
このブログを始めた、ということもあるのです。
そう、心意気っていうやつです。

ところで、
お赤飯、懐かしい味がして美味しかった。

あの甘さ加減、
今は亡き、うちの「ばあちゃん」のと同じ味がした。


今日は、
下町風情たっぷりの、
社とさかなの町「塩竈」のお話でした。




塩竈の事、笹かまぼこのこと、多くの人に知ってほしいので、
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ちょっと寄って「ちょい買い」

塩竈は、
お寿司屋さんと並び、
かまぼこ屋さんも沢山あることで有名です。

ホントにたくさんあるんです。

小島蒲鉾店もその激戦区で戦う、
かまぼこ会社の一つなのですが、

沢山ある中で、
大きく2つに種類分けされるそうで、
その2つは全く違う業態みたいなものらしいです。

小島さんが属するのは、
特産品、お土産品、
中心は「名産 笹かまぼこ」
ですね。

それに対し、
笹かまぼこだけではなく、
揚げかまぼこ、ちくわ、はんぺん・・・・、もっとあります。
毎日食べるお惣菜に属するものです。

塩竈のかまぼこは、
どちらも美味しいのですが、

両方やられている蒲鉾屋さんは、
以外に少ないことがわかりました。

両方やるには、
ブランド名(会社名)を変えて、
やらなくちゃ売れない。
なんていう事も聞きます。

それほど、
用途の違いは大きいんですね。


お土産物や贈答品として、

そして、日常的なお惣菜として、

全国に旅立つ「塩竈のかまぼこたち」の数、
すごい量だそうです。

蒲鉾屋さんが何件あって、
全国への供給量がどれくらいあって・・・・。

しっかりとした統計的な数字は、
次回以降の宿題にさせてください。

お勉強します




小島さんにも、
ひとつだけ、たった1種類だけ、
その用途を変えている商品があるんです。

揚げたてホカホカの揚げかまぼこ
です。

小島さんは、
塩竈の藤倉というところにあります。
JR仙石線の東塩釜という駅のすぐ近く。
小島本店です。

夕方、
駅を降りた人に、
ちょっと寄って、さっと買ってもらいたい、
気軽に食べながら帰ってほしい。


そんな想いからはじめた「揚げかまぼこ」です。

これが、アツアツで最高に美味しい

この「買い食い揚げかま」は、
小島さんの本店に来ないと買えませんよ。

仙台駅でも仙台空港でも、
ネットでも買えません。


是非、小島本店にお越しください。

「ドブ屋」さんについて

お酒屋さん、

最近気が付いたこと、
お酒屋さんも「量販店化」、チェーン店化が顕著なこと。

お安く、お手軽に、いろいろなお酒が、
いろんな国のお酒が手に入るようになっています。

だけど、

無くなってしまった習慣、
もあるような気がしました。

昔は、といいますか、
私が子供のころですから、30~40年前のお話になりますが、

お酒屋さんで、お酒の飲んでる「おじさん」、
いませんでしたか?

私は、良く見ました。
近所のお酒屋さんで、コーラやジュースを買って飲む。
これ、当たり前の習慣でしたね。
家にもって帰って飲むことはあんまりなかった。

子供がこれですから、
おじさんたちも当然「買い飲み」でした。

子供らはコーラ飲んだり、
ジュース飲んだりしながら遊んでる、
その傍らには、
必ず居たものです、
コップ酒やワンカップ飲んでスルメかじってるおじさんが

今もまだあるのかも知れないけれど、
あんまり見なくなりましたね。

決して良いことではないのでしょうが、
お酒の買い飲みって、
ちょっとマネしてみたかった記憶があります。
なんとなく粋ですよね


本題の「ドブ屋」さんですが、

専務から聞いた単語なので、
公用語かどうかは解りません・・・

それは、
どぶろく屋さんのことです。

専務は、
このどぶろく屋さんたちに、
だいぶお世話になったと言っています。

昔、塩竈には、
この「どぶろく屋」がたくさんあったそうです。

お酒屋さんではなく、
どぶろく屋です。
カッコよく言えば「濁酒専門店」なのでしょう。

清酒やビールなんかありません。
売っているのはどぶろくオンリーだったそうです。

そして、

驚くのは、
自分で茶碗もって買いに行くのだそうです。

そもそも、
その商売は合法なの?
ということになりますが、
そこには触れません・・・。

さて、
これは何年くらい昔のお話なの?
ということになります。

ザックリ、
今から約60年以上は昔の話らしい。

もう、お判りですね。でも、もう時効です。

小島邦男少年は、
どぶろくが大好きだったそうです

そういう仲間としかツルまなかった、
という社長のお言葉もありましたが、
当時はみんなそうだったみたいですね。

お椀一杯飲めば、
「もう、ぺろぺろんなってなや」(もうぺろぺろになったものだった)
と、話してくれました。

味も、悪くなかったようです。


今では考えられないことですが、
私としては、
ちょっと魅力的な時代な気もしました。


そんな、どぶろく好きの専務は言います。

やっぱり、
お酒(日本酒です)が一番おいしい。

お酒に一番合うのは「笹かま」だと。
「笹かま」はプレーンタイプが一番合うそうです。

小島のプレーンタイプは、
ピリッと塩味が濃いのが特徴。
納得できますね。

ちなみに、
専務は日本酒に笹かまぼこの晩酌、
毎晩欠かさないそうです。


小島の笹蒲鉾と、
塩竈の地酒「浦霞」の組み合わせ、
まだ未体験なので、
私も味わってみようと思います。





世界に発信!

塩竈市は、
もともと観光拠点でもあります。

なんで、こんな言い方をするかというと、

震災以降、とくに今年に入ってからは、
観光地色がかなり強くなってきているからです。
小島さんでも、専務が言っていました。
「なぬ、おがげさんでなや」(お陰様で売れてるよ)
仙台空港や仙台駅での、笹かまぼこの売れ行きのこと。

これは、本当にありがたいこと。
全国の皆様に感謝・感謝です。

地元、宮城の私でも、
「近すぎて、見えなかった」発見や、
美味しいもの、素敵な場所などを、
あらためて復習させてもらっています。

昨日も、
「塩竈・応援プロジェクト」という大イベントが、
塩竈浦戸諸島の、野の島で開かれました。

浦戸の牡蠣を世界へ!

ということで、
これから、世界各地に、
地元の牡蠣、そして牡蠣料理を広めていくプロジェクトだそうです。

そういえば・・・・、
浦戸が牡蠣の名産地だということも、
知りませんでした反省です。

このように、
ここ塩竈でも、
全国、いや世界に目を向けてのイベントが、
多く開催されてきました。

食に関することだけではありません。
「音楽」で盛り上がろう!
ということで、
GAMAROCKもこの夏開催され、
大変な盛り上がりでした。


GAMAROCKについては、
次回以降詳しくご紹介したいとおもっております。


そんな塩竈の観光拠点、
マリンゲートを少しご紹介です。


と言いましても、地元の方、もうご存知ですね。

お馴染みの佇まい
マリンゲート塩竈

塩竈のマグロ、
本当に美味しいですね。

でも高価なイメージないですか?

実は、マグロだけではないのですが、
塩竈の本場モノ、
塩竈で食べたほうが割安なんです。

お店によって値段が違うので、
具体的には書けませんが、

鮪丼などは、そんなに高くない!
そして、凄く美味しい!

鮪丼食べてる目の前で、
テイクアウト用の焼トロマグロを焼いたりもしてくれますよ
地酒「浦霞」もすぐ出てきます。

カレイや赤魚・・・・、
なんでも買えますよ。


お食事、お買い物が済んだら、
遊覧船にもすぐ乗れます。

塩竈の美味しいトコ、
食べて、買って、遊べて。
オシャレなイタリアンレストランもありますよ。

マリンゲート塩竈、
大好きな場所のひとつです。


マリンゲートの目の前が遊覧船乗り場
塩竈遊覧船乗り場


全国(他県)の人たちだけではなく、
私たち地元人も楽しめる港町「塩竈」です。


美味しいもの、食べたくなってきました。
近いうちに、一日ぶらぶらしに行こうと思います。

分厚い大学ノート

約9年になります。

小島さんとお付き合いさせてもらって9年です。

蒲鉾の話や商売の事、
塩竈のこと、
いろいろ聞いてきたが、

まだ一度もない、
ずっと気にはしていたが、
入ったことがないのが、

笹かまぼこの焼き場です。

今まで、何度となく話題になってるし、
「焼いてるところ見てみたい」なような
アピールもしてきたつもりだが、まだないのです。

多分、企業秘密だとか、
そういうのではないと思うのですが。

「なぬ、せめえがらや~いいがら」(狭いからいいって)
こんな風にかわされて来たような気がします。

近いうちに、ちゃんとお願いしてみます。

焼き場といえば、
もちろん、工場は焼き場だけではありません。

原料を煉ったり、

真空パックに詰める機械があったり、

そして、それぞれの工程に時間軸もあったりします。

蒲鉾屋さんの「朝」は、
ご想像のとおり、かなり早いそうです。

蒲鉾の焼の時間帯は「午前中が勝負」だと専務が言ってました。
小島さんでは、
なんとAM4:00からよ~いドンだそうです。

お昼前にすべての種類の笹蒲鉾を焼き終えて、
午後は、焼きあがった笹蒲鉾を、
真空パックにしたり、
箱詰め、包装したりします。

それでも、昔よりはだいぶスタートが遅くなってきているそうです。
毎朝、市場からお魚を仕入れ、
手作業ですり身にしていた時代には、
AM2:00くらいからだったそうです。
焼き上げる量も今より多かったらしい。

「あの頃わやぁ、いがったのさ」(あの頃はよかったよ)
しみじみと専務が言っていたのを思い出します。

今よりも活気があったのかなぁ・・・、
などと勝手に想像してしまいます。



さて、
やっと本題です。

本題のほうが短くなりそう

笹蒲鉾の焼の話や、
昔の話、
いろいろと専務は話してくれますが、

その時に必ず開いて、
見たり、書いたり、しているノートがあります。

普通の大学ノートが、多分7冊分くらいの、
分厚い、
そして年季のはいった大学ノートです。

びっしり書き込まれています。

専務に聞いたら、
「わすれっからや~、全部こいっつぁかいでんだ」(忘れるからすべてこれに書いている)
と言っていました。

聞いてはいませんが、
あのデザインからすると、かなりビンテージな雰囲気なので、
ずっと昔から使っているものと思われます。

カッコいい大学ノート。

パソコンやタブレットなんか使わなくても、
きちんと情報の整理、
そして、
いつでも、なんでも、
必要な情報が引き出せる。

そして、
物を大切に使う。

私にはなかなか出来ない様なきがして、
仕事上の情報整理、
これも、パソコンなどを使ってはいるが、
どうなんだろう・・・?
と感心し、少し自分をかえりみたのでした。

大学ノートの分厚いのが欲しい
それ以来、
探し求めてますが、なかなかないですね、
ああいうのは。


最後に、

残念ながら「焼き」の写真ではありませんが、

工場のほんの一部の写真があったのでご紹介です。


小島蒲鉾店の人気商品「牛タンかまぼこ」の真空パック
小島牛タンかまぼこ1
このトレー、何十個分、しかも牛タンかまぼこだけでです。
凄い量でした。

箱詰めを待つ笹かまぼこたち
小島牛タンかまぼこ2


お見せした写真はほんの一部で、
でっかいのやら、ちいさいのやら、
いろいろな役割の機械が他にもたくさんあります。

こんどこそ、
焼いているところ、肉眼で見るぞ

空手道場

今日から11月です。

11月1日、
なんでも「最初」が大事と思っている私は、
毎月1日だけは、
誰よりも早く仕事場に入り、

必ずやろう!と決めていることがあります。(徹底できてませんが

それは、

カレンダーめくり

10月よ、さよなら~という想いをこめて、

びりびりビリっと・・・・、快感なのはもちろん、
最初の扉は俺が開く、じゃないですが、
誰にも譲れない「儀式」となっています。

今朝も、頑張って早く来て、
びりびりっと5枚くらいめくりました

やっぱり、新鮮、気合入ります。

今月もいろいろがんばろう!
(と、ココロのなかで叫びました)



さて、本題です。

今朝、気合が入ったとき、
思い出したことがあります。

一昔前の話として、
専務に聞いた「空手道場」のお話。

小島さんでは、以前、
二階のスペースを空手道場にしていたそうです。

というより、
親しい師範に貸していた時期があったそうです。
今も畳敷きの広い場所が残っていて、
それが名残です。

師範の方とも深い親交があったでしょうから、
きっと「なんぼでも、使わいん」
と軽いノリで気持ち良く提供したのでしょう。

単に、場所が空いていたから貸していたのではなく、
専務自身もやりたかったし、
なにより、
「武道の心」が大好きでだったからです。

心・技・体の精神を大事にする専務です。
納得できます。

地域の子供たち、
そして自分の息子さんまで精進させたそうです。

空手を通して、
礼儀や挨拶を子供たちに身につけさせたい、
そういう想いが強かったそうです。

空手の稽古だけでなく、
「禊」(みそぎ)参加も欠かさなかったそうです。
これは、稽古よりキツイ!、強烈ですよ

このお話を聞いたとき、
「今の自分に欠けているなぁ」という気持ちになりました。
それは、
堅苦しく表現すれば「自己規制」、
簡単に言えば「ストイック」なところ。

なにか、目的を持って、
自分からやる、自分だけの行動。
そして根気強く継続したりすること。

そういうのは自分にないな・・・、
と思ったのです。

空手の稽古や禊に比べれば、
それこそ「朝飯まえ」のことですが、

毎月のカレンダーめくり、
このお話がキッカケなんです。
継続していこうと思います。
継続は力なり、です。


ところで、

蒲鉾屋さん、工場、そしてその二階からは、
空手稽古の元気な声、
それが夕方だったりしたら・・・。

かなり、昭和な、いい感じですよね。

社とさかなの町塩竈、
そこにある塩竈の笹蒲屋さん、
当時を想像してしまいます。
プロフィール

社とさかな大好き

Author:社とさかな大好き
社と魚の町塩竈の話、笹蒲鉾やお寿司の話を中心に日常の発見などを記していきます。

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