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非常食

前回の続きです。


前回のあらすじは、

小島さんの震災のときの話を、
いろいろ聞いた事を書こうとして、
脱線

まったく小島さんとは無関係なお話に
なってしまいました。

そして、

本吉デイリーのおばさんからもらった「りんご」
ここで終わりにしました。


表題の「非常食」とは、
震災時に、
小島さんにいただいたものの事。

非常食というより、
当時は食べ物は本当に貴重でした。
立派な「食糧」ですね。

袋の中には、
トイレットペーパー2つ、
ボンカレー 1つ、
乾パン缶詰 1つ、
サトーのご飯 1つ、
そして、りんご 1個、

自慢の笹かまぼこは入っていません。

それもそのはず、
何とか津波浸水を免れた笹かまは、
全部、最寄りの避難所に、物資として、
提供したそうです。

機械、原料も全部ヘドロまみれになってしまい、
もちろん製造することはできない状態でした。

この非常食袋を、
私が震災発生から1週間後、
はじめて小島さんに行けたときにもらいました。

やっと連絡が取れて、
長靴、ジャージ姿で、
少しでも、何かできる事はないかと、駆け付けたときです。

結局、
なにも出来ず終いでしたが。

専務から
「ほれ、こいず、少しばりもってげ」
と、
2階の踊り場に、
沢山用意してあった袋の一つをもらったのです。

ありがとうございます!
といただいたのはいいが、

あれ、

どう考えても、
逆ですよね。

でも、
当時の私たち仙台市民も、
そういう食品を手に入れるのは、
至難の業。

それを、
お見舞いに、
手伝いに来た人たちにみなさんに、
お配りしていたのです。

ところで、
これらの、もらって嬉しい食糧、
しかも大量に、
どうやって手に入れることができたか、
お聞きしたら、

聞いて納得、
全部、配給された救援物資や、
お知り合いなどから、
小島さんお心配し、いただいたもの。

自分が恥ずかしい、
強く感じた記憶が、
残っています。

それにしても、
小島さんの「心意気」は筋金入りです。
被災され、そうとうのご苦労の中でも、
人への真心や感謝の気持ちを貫き通す。

震災から1年8ヶ月になろうとしています。

忘れちゃいけない、
当時の気持ち、
ありがたかった事、
強く心に残ったこと、
沢山あるような気がしました。

後世、必ず何かの局面で役に立つ
考え方だったりするのでは・・・。
と思いました。







塩竈の事、笹かまぼこのこと、多くの人に知ってほしいので、
お情けでもいいので、1拍手お願いいたします
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社と魚の町塩竈の話、笹蒲鉾やお寿司の話を中心に日常の発見などを記していきます。

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